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「捨てる」という手放す行為


今月は書籍類の整理をしている。

「いつか」使うかもしれない
「誰かの」役に立つかもしれない
「なんとなく」取っておこう

そう思っては、手元に残していた膨大な書籍。
沢山の本、参考書、雑誌を捨てていく。

どんなことに集中してきたか、
何を目指していたか、
書籍を見ていると、
なんとなく分かってくる。

圧倒的に多かったのは、
英語に関する参考書や本だった。

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"何かを極めなければ"
"資格で証明しなければ"

形でなんとか自分の存在価値を示そうと
必死だった。
知識を入れることばかりをしてきた。
不安だった。

いつになったら、
私は満足いく自分になれるのか。

英語を取ったら、私には何が残るのか。
必死だった。
縛られてきた。


でもフィンランドに行った時、
気付きがあった。

私が大好きなことの一つは、
コミュニケーションをとること。

英語はそのためのツールだった。

赤の他人だった人と、
繋がる瞬間が大好きだ。

何ヶ国語も言語を操る人が沢山いるフィンランドで、人と話す中で

"完璧さ"でなく、
"自分がとりたいコミュニケーションがとれるだけの力があれば十分"だ、と、気がついた。

今の私のままで十分だったんだ。

完璧を目指さなくてもいい。

完璧を目指せば目指すほど、苦しい。
できなくて苦しい。
自分を責め、自分を受け入れられなくなる。 
こだわりが強いほど、
執着してしまう。
 

言語は変化していく。
完璧は存在しない。
完璧な人間もいない。
 

私は、完璧を目指すことから離脱した。
私は、私らしく生きることを選んだ。

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自分の存在価値を高めるために
頭でばっかり考えて選んだものたちを、
「手放す」


持ちきれなかった両手いっぱいに、
何個もいっぱいに溢れていた、
重荷になっていた荷物。

全部全部、
手にいっぱい握りしめて、
物が溢れていようとも、
どんどん重ねて
前が見えないほどあった荷物。

増えても、増えても、
不安は増していった。

心は満たされず、
むしろ、
何が大事か見えなくなって
混乱していった。


本当に大事なものを掴むには、
常に両手をいっぱいにするのではなく、
むしろ何もないくらい、
身軽になっていきたい。

少しずつ、手放していこう。



"今の私にとって「本質的」なのか"

心にピンとくるか、
頭が働き出す前に判断する。


ただ、なかなか難しい。


だから何日かに分けて、
フレッシュな状態で捨てていく。

不思議なもので、
そうすると、前回悩んで捨てられなかったものへの執着がなくなっていたりする。

今の私が 好きなもの、本質的なものって、
こんなに少ないんだと驚かされる。

一気に私が変われなかったように、
習慣も一気には変わらない。

6か月、まずやっていこう。

知ったら、実践して、見直して。

だからこそ、一歩ずつ、半歩でも
進もう。


どんどん手放した先に残る、
純粋に私の心から好きなもの
私の心と通じ合うもの
本質的なもの


私の宝物にもっと出逢っていこう。

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